YUASA’S DNA ユアサのDNA

YUASA’S DNA=変えるべきものと変えてはいけないもの

ユアサ商事の歴史は1666年(寛文6年)、徳川4代将軍家綱の時代に初代湯淺庄九郎(当時23歳)が木炭商(炭屋)として京都で創業したのがはじまりです。以来、350有余年の歴史を貫いてきたのは、不変の企業理念(誠実と信用・進取と創造・人間尊重)を軸に、変わり続けること(イノベーション)であり、これこそがユアサ商事のDNAと呼べるものです。
「変えるべきもの」と「変えてはいけないもの」を見極め、起業家精神と革新的な発想を追求する、若きイノベーターの挑戦をお待ちしています。

  • 1666~

    創業5年目のイノベーション

    創業当初、庄九郎は刀鍛冶に木炭を卸していましたが、戦国時代が終わり刀鍛冶が次々と鋏や包丁鍛冶に転業するのを見て創業5年目に木炭商を廃業し、第二の創業として打刃物商を興します。これが当社最初のイノベーションであり、350有余年続く当社の原点となっています。

  • 1780~

    「炭屋請合いなし」と
    「良品奉仕の精神」

    商才に富んだ六代目は、切れ味抜群の剃刀に「※炭屋請合いなし」(品質保証しない)と刻印し、東海道の宿場町にばらまきました。使ってみるとその切れ味の素晴らしさに驚き、炭屋の請合うものがどれほどの切れ味だろうかと評判となり、全国的にその名が知れ渡ったといいます。
    ※炭屋:当社の江戸時代の屋

  • 1870~

    富商としての社会的責任

    1869年(明治2年)、明治政府の要請により、下総国小金牧新田(現千葉県鎌ケ谷市)の開墾事業に尽力しました。 開墾に必要な出資・指揮・監督・衣食住・病人の世話などのほか、寄付により湯淺里小学校(現鎌ケ谷市立北部小学校)の創設に協力するなど、冨商としての社会的責任をはたしました。

  • 1900~

    明治維新とイノベーション

    明治維新により散髪が許可されると、バリカンやラシャ切狭、散髪鋏の需要が創出。それにいち早く目をつけ、輸入し国内に展げたのが当社でした。
    また、海外からの輸入に頼っていた金物の国産化に挑戦するため1909年に湯淺鉄工所を創設。スパナやツルハシの製造に加え、蝶番とフライパンの初の国産化に成功しました。1918年湯淺蓄電池製造㈱設立。(現GSユアサ。現在当社とは資本関係なし)

  • 1978~

    「機械と住宅」の
    システム商社として

    1969年には販売先ネットワーク「ユアサやまずみ会」、1977年には仕入先ネットワーク「ユアサ炭協会」が発足。1978年には、両会の主催・協賛によるプライベート展示会「グランドフェア」を開催。金物問屋から「機械と住宅」のシステム商社としての道を歩み始めました。

  • 2009~

    社会課題解決ビジネス
    への挑戦

    2009年には「事業を通じた地球環境への貢献」を目的に、環境・省エネルギー事業をスタート。2013年からは業界に先駆けレジリエンス(防災・減災・BCP)ビジネスを本格化させ、どちらも売上規模300億円以上のビジネスとして拡大しています。

  • 2020~

    「つなぐ」
    複合専門商社グループへ

    2017年に発表した長期ビジョン「ユアサビジョン360」では、モノ売りからコト売りへの事業構造改革を発表。2020年にはキャッチフレーズとして「つなぐ」複合専門商社グループを制定し、グループの総合力を発揮した「つなぐ」イノベーションの創出による社会課題の解決を目指しています。

  • 2021~

    サステナビリティ宣言

    2021年には2030年度カーボンニュートラルを軸にしたサステナビリティ宣言を発表。
    創業400年(2066年)を睨んだ持続的社会への貢献とイノベーションの常態化に向けた風土改革に挑戦してまいります。